チキチキガーデン

シンプルライフを目指して何かしらする記録ブログ

おばさんに期待されていたこと

f:id:yukamoga:20160413115703j:plain 特に強めのオチはありません。
最近起こったできごとについて、モヤッとしたままでいられず日記として文章化しました。

以下、モノローグ的な口調で書いてます。

遠方から仕事の都合で北海道に移り住んだ父が、母とお見合いをして夫婦となり兄と私が生まれた。
まだまだご近所さんや親戚づきあいなどは大切とされ、濃ゆい人間関係が形成されていた幼少期。

子供の目から見ても、父はアウェイの地で頑張っていた。

盆に正月にと、親戚の集まりがあれば本家へ出掛けて接待飲みする日々。
車を買うときは本家とつきあいのあるディーラーを通し、生まれ故郷から地場産品を取り寄せてはお中元、お歳暮。

食事の席では我が家を貶め笑いを取り、さりげなく優秀な本家の子たちを「すごい」と褒め称える。
私はというと、人見知りが激しく、本家の集まりへ行っても誰にも懐かず、父や母にべったりくっついては「いつ帰るの?」と問いかけていた。

よく、本家の一切を取り仕切るおばさんからは、「お前は他の子にくらべて可愛げがない」と言われた。

いとこ達とは年が離れすぎていて、それぞれがゲームに夢中になっていた背中しか記憶に残っていないので、あまり遊んでもらったという記憶もない。

それから十数年。
私が二十歳で妊娠し結婚して、娘を出産。1年半ほどで離婚した。
(離婚原因や、前の旦那との遣り取りを書くのは脱線するし長くなるので省く)

実家へと出戻りし、両親に助けられながら再出発を誓った。
しばらく生活が落ち着くまで親戚には沈黙を貫き、信頼できる人から順に「実は……」と母が打ち明けていった。

一番、面倒くさそうな本家は最後の方に報告した。
そのすぐ後、「ちょっと寄るところがあったついでに」と、おばさんが実家へ押しかけてきた。

前の旦那と何があったのか。
浮気されたのか・したのか、暴力を振るわれたのか、借金されたのか・したのか……と、根掘り葉掘り尋ねてきた。

当たり障りなく説明するも、おばさんは何だか物足りない様子。
次いで働き口はあるのか、子どもが寂しがってないか、相手方からの親権を求める声はないのか……と、質問が続く。

共通点は、私か私の娘の不幸についてだった。
心配そうな口ぶりでも、その目はキラキラと輝き、どちらかというと『不幸になること』を期待している。
そんな用向きだったのだ。

角が立たないように受け流していると、そのうち自分の子のお嫁さんの悪口を言い始めた。
仕事が忙しいと言って盆にも正月にも顔を出さない。どうやらあのお嫁さんは子どもが嫌いらしい。
いつまでたっても妊娠の気配がないうんぬんかんぬん。

おばさんは、なかなか帰ろうとしない。

そうこうしていると生後10ヶ月ほどの娘は眠りから目覚め、遊んでほしそうにしていた。
その頃のお気に入りの玩具は音が鳴るものだったので、遊ばせると煩くって話ができなくなる。

そう気を遣って、娘の気を逸らしつつあやしていたが、長くは持たず。
娘は「お気に入りのアレを頂戴よ!」と泣き出した。

それを見たおばさんは、「ちょっと、お母さんに懐いてないんじゃないの? ちゃんと母乳で育ててる?」とテンション上げ気味で聞いてきた。

父に「じぃじ。ちょっとそこの玩具を取って」と言うと、「自分の父親をジジィなんて呼んでるのっ!?」と頬を紅潮させて聞いてきた。

もう、おばさんの中では「自分勝手に妊娠出産し1年半で出戻ってきた娘が、両親に感謝もせずわがまま放題で、自分の子供も満足にあやせない。これは近い将来、育児放棄か幼児虐待間違いなしだわ!」というストーリーが出来上がって揺るぎないものになった。

自分の仮定が本物だったと確信したおばさんは、それで満足したのか、そそくさと帰宅。

それ以後、父は自分のことを「じぃじ」と呼ぶことを止めた。

あれからさらに時が経ち、数日前。
入学の報告をしていなかったにも関わらず、どこから聞きつけたのか、おばさんがやってきた。

娘が入学したのは地元ではギリギリ上位クラスの学校。
もっと頭のいい人が通う学校もある中、自慢して回るには恥ずかしいけれど、一応、一目は置いてもらえる程度。

それを聞くなり娘に向かって「お母さん苦労してお前を学校に入れたんだから、これからは親孝行しなきゃダメだよ」ってさ。

えー、ちょっと待って、私って苦労してたの?
両親に甘えまくって、炊事洗濯の大部分を丸投げしちゃってたよ。

会社も理解あるところで、参観日や学校行事も欠かさず参加できることができたよ。
急な病気にでも、気兼ねなく仕事を抜けて看病できたし。

もちろん、思春期の難しい時期とか、ちょっと大変なときもあったけれど、多分、人並み程度だよ?
なんで、涙ぐんでんの?

びっくりして娘と顔を見合わせていると、「女手一つで子供を育てることの大変さ」を想像し、沈痛な面持ちを見せるおばさん。
女手一つっていうか、両親と合わせて手は三つあったけれど。
むしろラクさせてもらったくらいだ。

おばさんにとっては、そんな事実はどこ吹く風。

離婚直後は『若くして妊娠出産・スピード離婚』で育児放棄や幼児虐待を連想して決めつけた。 おばさんには直接関係なく、それでいて身近なところでセンセーショナルな事件が欲しかったのだろう。

今は、『苦労して女手一つで育て上げた子供がそこそこの学校へ入学した』というお涙頂戴なドラマを押し付けてくる。
百歩譲って苦労していたとしても、おばさんが泣く筋合いは全くもってない。

怒りというか、呆れというか、私への評価の変わりっぷりに驚きを感じつつ、適当に対応した。
おばさんはやはり帰らず、今度は、いとこたちの近況を語る。

嫁姑関係が悪化したのか、夫婦関係も悪かったのか、お嫁さんをずっと悪く言われていたいとこが、いつの間にか離婚していた。
すぐさま地元の幼馴染みと再婚し、今では1歳の娘がいるらしい。

可愛い孫を産んでくれたためか、新しいお嫁さんの悪口は出なかった。

二人目はまだか──とか、言ってないといいけど。
そう意地悪く思いながら、私はお祝いだけを言った。